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茶業者、食品メーカー、飲食店など自社のリトルブランド開発や企業間コラボ、
地域マッチングなどに積極的に取り組む企業と、
自治体、支援者、銀行、信用金庫、専門家などが伴走型発達支援連携について
闊達に情報交換や意見交換し、
ビズフォレストの実現に取り組むパートナーの会です。

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推進協議会会長
望月聖司
静岡県富士市出身
○有限会社ヴイ・ダブリュ・ストーク 代表取締役
○アートディレクター ○ブランディングプロデューサー

プロフィール▽

 
1978年より東京で広告デザイナーを経て、1988年V.W.STORKを設立。広告代理店とカルビーのキャンペーンやイトーヨーカドーなどのPB開発、リクルート社と小糸製作所やジャトコなど静岡県内の企業の会社、入社案内などの多くの制作に関わりブランディングを実践的に学ぶ。約1000社、1万人のビジネスマンと関わり、約20年1億2000万円の投資をし中小企業のための基本戦略「Businessing」を開発。現在は、そのノウハウを基にプロデューサーとして食品企業の支援プロジェクトを行っている。
おいしい話。ブログ
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伊藤美貴

推進協議会会員
伊藤美貴
山形県生まれ・岩手県育ち
○PRプロデューサー ○クリエイティブディレクター
○コピーライター
プロフィール▽

 
東海大学文学部史学科日本史課程卒業。代官山の貿易商社で貿易事務を2年間経験。その後、(株)リクルートへ転職し新卒採用事業部でディレクターを経験。あらゆる業種業態の企業で、新入社員から経営者まで幅広く人材を取材する中、ビジネスのしくみや企業価値、そこで働く人の生きがいややりがいなどを学ぶ。この時、リクルート社内のディレクターへ企画指導を行っていた望月聖司と出会い師事し、社内コンテストで数々の賞を受賞。人材採用以外のもっと広いクリエイティブに関わりたいと、10年間の勤務を経てV.W.STORKへ転職。望月が提唱するHI理論やバランス経営メソッドビジネシング開発に携わり、現在に至る。歴史好き、そしてこよなく猫を愛している。
猫の舌ブログ

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麻美写真

推進協議会会員
石司麻美
静岡県静岡市出身
○ちゃらいふ向上研究会 会長
○味覚音感マエストロ ○ちゃらいふマイスター
○日本茶インストラクター ○中国茶初級茶藝師
○だしソムリエ1級

プロフィール▽

 
洋食カフェを運営していた両親の影響で、何でも味わって食べる習慣が身に着く。高校を卒業後、ワーキングホリデービザを取得し、オーストラリアへ。初めて一人暮らしをして日本食の繊細さを実感。帰国後、静岡市内大手ホテルの中国料理レストランに勤務。中国茶を担当したことでお茶の魅力に目ざめ、勉強を開始し中国浙江省で中国茶初級茶芸師の資格を取得。その後、ホテルを退職し、本格的に日本茶の勉強を始め日本茶インストラクターを取得。お茶カフェや製茶問屋で知識と技術を磨き、伴支連の望月聖司が提唱する新感覚水出し緑茶「CHALIFE」を知り、緑茶の大きな可能性を感じて共に開発。味わいを表現する「味覚音感」を確立し、食品メーカーの製品開発などを指導すると共に、CHALIFEとちゃらいふ緑茶の普及に励んでいる。
味覚音感ブログ

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推進協議会会員
真味屋恵美
○尾州真味屋総本舗 ジビエプロバイダー
プロフィール▽

 
以前は医療関係コンピュータのインテグレータ。伊豆の国有林で木を守る仕事をしている友人を手伝うことになり、害獣駆除した鹿肉の活用法を考えて伊豆市へ投げかけるなどの活動がキッカケで鹿肉に携わるように。生命を預かる仕事だからと、自ら解体技術をハンターや精肉店から学ぶ。教えてくれたのがとても丁寧な仕事をする人で、肉の一片に血の塊がついていたら、出たのは皮の外か中かまで見極める。肉を切ればそのまま刺身になるぐらい、丁寧なさばき方を細かく教わった。徹底的に仕込まれたおかげで、通常は2割ぐらいしか食用にできない鹿肉を7割まで活用できる技術を身につけ、その腕は一流シェフたちから高い評価を得ている。「山で元気に飛び跳ねていた姿を思うとムダにできない。いただいた生命を大事に余すことなくきっちり活用する」がモットー。ジビエ精肉ブランド「MOMIJI-BOTAN」を立ち上げ、おいしくヘルシーなジビエを多くの人に知ってほしいと普及活動に取り組んでいる。

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推進協議会会員
服部芙志乃
静岡県焼津市出身
○(株)はの字食品 取締役
プロフィール▽

 
立命館大学を卒業後、日本水産(株)へ就職。在職中に祖父が亡くなり「皆が元気なうちに家族と仕事がしたい」と3年目でUターン。はの字食品は1920年創業の練り物メーカーで、父親である現社長が3代目。両親からは「大変な仕事だから後は継がなくていい」と言われていたが、祖父母や両親の仕事ぶりを見て育ち「作れば誰かが喜んでくれて、人の食生活の側にいる仕事」がカッコイイと思っていたため迷わず後継者に。「常に新しい、人をビックリさせることをやらなきゃだめだよ」と言う父親の影響で、自分も率先して新商品開発に取り組むように。2015年度ネオ焼津プロジェクトに参加。プロデューサーである伴支連の望月の「売らなくていい、万人向けにしなくていい」という言葉に目からウロコ。売れるものに囚われず、思い切ってやってみていいんだと勇気を得た。おもしろいと思ったら、自分たちで作って売れるのがメーカーの醍醐味。社員がやりたいことをできる会社でありたい。そして、「焼津市と言えば、はの字食品」という存在になり、100年近くお世話になってきた焼津市に恩返しできる会社でありたい。

 

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推進協議会会員
森本博之
静岡県藤枝市出身
○ウェブデザイナー ○システムエンジニア
プロフィール▽

 
プログラマーとしての原点は子供の頃に遊んだレゴブロック。組み立てることが好きで、まだパソコンが普及していなかった小学生時代の卒業文集に「将来の夢はコンピュータ屋」と書いていた。コンピュータの専門学校を卒業後、ソフトウェア会社に就職。初期の電子カルテ開発などに携わるも、閉鎖的な社風に抵抗を感じ2年で転職。現ソフトウェア会社で、住民基本台帳をデータベースにした自治体のシステム開発などを20年手掛けている。開発言語や機能のパーツを使って組み立てていくのがブロックと同じ感覚。ムチャぶりかと思うような要望も、目標に辿りつくにはどうしたらいいか?を考えて構築するのが楽しい。日々更新されていく業界だが、新しいことをやってみたい派なので学ぶことは苦にならない。どんどん吸収して自分のブロックのストックにしたい。今興味あるのはAIやAR。一方で、技術は前面に出し過ぎないという考え方。そうしないと「自動ブレーキというから、勝手に止まると思った」のような誤解を招く。「技術は隠れている方がカッコイイ」そんな想いを胸に、日々探究を続けている。

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小泉

推進協議会会員
小泉純也
静岡県藤枝市出身
○ちゃらいふ向上研究会 顧問
ちゃらいふマイスター
○茶審査技術10段位 ○日本茶インストラクター
○日本茶鑑定士 ○(株)松田商店真茶園茶町本店店長
プロフィール▽

 
家の近所にお茶畑があったり、親戚の茶畑で茶摘みを手伝うなど小さい頃からお茶に触れて育ち、自然とお茶に愛着を持つように。高校の選択授業でお茶を選び、荒茶までの製法などを学んだ。卒業後、200年続く製茶問屋(株)松田商店へ入社。最初の3~4年の工場勤務で焙煎から仕上げまでの一通りを学び、その後、営業と商品開発を担当。入社して3年目の平成10年に初めて、茶葉の品種、生産茶期、生産地を当てる全国茶審査技術競技会へ出場。全国大会へ進出して10位になり、いきなり6段を取得。平成18年には全国大会2位、平成24年には最高段位である10段を取得。この有段者は、今でも全国で13人しかいない。また、平成12年には、23才の最年少で日本茶インストラクターを取得、全国に37人いる日本茶鑑定士の一人でもある。平成19年頃に伴支連の望月と出会い、「食事をおいしくする緑茶」を目指し、新しいブレンド緑茶の開発に着手。10年を経て水出し緑茶に辿り着き、共にCHALIFEのちゃらいふ緑茶を完成させた。現在も、誰もが簡単においしく飲める緑茶を探究している。

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杵塚民子

推進協議会会員
杵塚民子
静岡県藤枝市出身
ちゃらいふマイスター
○人と農・自然をつなぐ会 茶匠
プロフィール▽

 
1976年に父親が無農薬のお茶作りを開始。それを小さい頃から姉弟3人で手伝ってきたが、中高生の頃は都会に憧れ、高校卒業後は中国へ3年、アメリカへ1年弱と語学留学へ。一度外に出たことで、自分が育った環境が恵まれていたこと、父親がやってきたことの偉大さを実感。帰国した際、何かやってみようとお茶の仕上げ加工を学ぶ。試しに短期間のつもりで行ったところ、荒茶から仕上げに進む段階で、どんどん茶葉が変わっていくのがおもしろく、お茶の魅力に目覚めた。1週間のつもりが1カ月、1年となり、結局5~6年修行させてもらった。その後、家業でお茶の仕上げを担当。現在は、姉弟揃って有機農業に従事し、英語の自社サイトを見たり口コミで訪れる外国人へ農業体験ツアーを企画するなどグローバルに目を向けながら家業を盛り立てている。新しい緑茶商品を開発したいと、平成28年度のFEG藤枝ネオプロジェクトに参加。そこでオリジナルブレンド水出し緑茶「CHALIFE」に出会い、プロデューサーの望月や共に参加していた松田商店さんなどからアドバイスをもらい、実家のみかんやよもぎなどを使った個性的なオリジナルブレンド緑茶を開発した。今後はもっと技術を磨くと共に、シェフとコラボしてティーペアリングなどをやりたい。

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岩崎智子

推進協議会会員
岩崎智子
静岡県焼津市出身
○(株)岩清 取締役

プロフィール▽

 
家業の「岩清」は創業180年以上続く、父親で6代目のサバを中心とした水産加工業。東京の大学で英語を学び、語学を活かした理系の仕事をしたいと外資系の半導体メーカーに就職。顧客と打ち合わせして契約書やライセンスを調整するISRを担当。好きな仕事でやりがいを感じていたが、父親が病で倒れたため、弟と一緒に家業を支えたいとUターンを決意し、平成28年11月に入社。小さい頃から家業は見てきたものの、サバの切り方も知らない。工場へ入り、サバ独特の背開きを教えてもらうことからスタート。半年ほどたった頃、他社が「ネオ焼津プロジェクト」で商品開発をしたと聞き、自分もやってみたいと応募。既存商品の顧客は高齢化して減っていき、魚離れも進む。サバ料理は男性的な大衆魚のイメージで、しかも調理しなければならず、骨があり面倒な魚だと思われている。しかしサバは、女性にこそ食べてほしい魚。おいしさももちろんだが、EPA、DHA、セレンという抗酸化作用がありアンチエイジングにも効果的と言われる成分が豊富。貧血にも良いとされ、「サバ缶ダイエット」があったぐらいのバランス食品。かねてから、もっと手軽にパッと食べられて、自分がワイン好きなことから、パンとワインに合う女性向けのサバ食品を作りたいと思っていた。現在、平成29年度のネオ焼津プロジェクトに参加し、理想のサバ食品を目指して商品開発に取り組んでいる。完成したあかつきには、さまざまな企業とコラボしてパンに挟んだり、ワインはもちろんフルーティな日本酒に合わせるなどの提案で全国へ発信し、もっと焼津の魅力、サバの魅力を伝えていきたい。

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推進協議会会員
伊藤修司
宮城県仙台市出身
○ヤサイノイトウ 農園主

プロフィール▽

20年勤続した自衛隊を41歳で退職し、1年間の農業研修を経て、妻の実家の岩手県北上市で2016年より新規就農。固定種にこだわった無化学肥料無農薬の野菜栽培に取り組んでいる。子供の頃からメカニック好き、バイク好き。メカの幅広い専門知識を身につけたいと航空機の専門学校で整備技術を取得。卒業時、教員に勧められ、より専門技術を深められそうだと陸上自衛隊に入隊。防衛技官として戦車やトラックの電気装置整備などに従事し、良い仲間にも巡り合い、緊張感の中にもやりがいのある毎日を送っていた。そんな時に起きた東日本大震災。仙台市にあった自宅は津波で全壊、妻はなんとか避難したが、近隣の親しい人が亡くなった。数週間、帰宅できず、隊内のバスに寝泊りして被災現場へ出向くマシンの整備に明け暮れた。ここでやり切った感があり、日々もっとシンプルに人の役に立ちたいと3年後に退職。農業の道を選んだのは、バイクで旅をした時に畑仕事をする若い農家の方を見て、あんな風に大地と向き合い伸び伸び仕事ができたらと憧れがあったのと、人が生きる上で最も大切なもののひとつ「食べ物」に携わりたいという想いが強かったから。自衛隊を辞めて就農すると言った時には親兄に大反対されたが、自然を相手に自分で信念を持って仕事ができる農業に就いて本当に良かったと思っている。地域にも溶け込み、今では、高齢化が進む地域の若い担い手として頼りにされる存在に。これからも大量生産ではない、ひとつひとつ個性のある固定種、在来種にこだわり、見た目も楽しく味の良い野菜作り、次世代へつなぐ土作りに取り組んでいく。

 

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推進協議会会員
村上 昇
静岡県焼津市出身
○山上水産(株)代表取締役

プロフィール▽

 
祖父が興した小さな食料品店を、戦後、父親が小川港の仲買人をしながら1975年にスーパーに拡大。元調理人だった父親の作るカツオの佃煮を売ったところ好評で、これが現在の山上の佃煮の原型に。この時期に、東京の大学を卒業後、家業を手伝うために焼津へUターン。高度成長期からバブルにかけて、どこの佃煮業者も効率化のためになまり節を作る所、それを佃煮にする所と分業化していったが、山上は鮮魚から手作りする佃煮にこだわり、味付けも醤油と砂糖しか使わない昔ながらのシンプルな味付けのまま。食生活が変わり佃煮業者が減っていく中、素材を活かした昔ながらの山上の佃煮が注目されるようになっていった。2002年、父親の後を継いで社長に就任。大手スーパーが進出し競争が激化して利益が出なくなったスーパーを2011年に閉店。残った佃煮業で何かしなきゃと考えていた時にネオ焼津プロジェクトの話を聞き、糸口が見つかればと2013年度に参加。プロデューサーである望月のアドバイスで、魚と野菜を使った甘くないジャム「シーフードジャム」による革新のブランド開発に挑戦した。初めてのブランディングと商品開発に試行錯誤しながら、いくつもの気づきが。スーパー業は決まった商圏の中で固定客を相手にする商売。しかし、既存客だけだと先細りして限界がある。常に新しいお客さんを開拓していかなくてはと強く感じた。佃煮は時代に取り残された古いものだと思っていたが、捉え方や切り口を変えることで新しい顧客にアピールできる可能性がある。今度は、昔ながらの佃煮という伝統のブランドを整え、もっと発信力のある事業にしていきたい。

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推進協議会会員
岡村久美子
静岡県三島市出身
○(有)岡村海苔店 代表取締役社長 ○社会保険労務士 ○日本茶アドバイザー ○デコ巻寿司講師1級

プロフィール▽

 
始まりは税理士だった父親の「手に職をつけてほしい」という言葉。東京の理容師専門学校で学び、その後モデルの仕事をしたかと思えば、士族になりたいと思い立って三島に戻り短大へ。社会保険労務士の受験資格や医療事務資格を取得。その後、医療事務をしたり、司会のプロダクションに所属したり、やりたいことだらけ。三島市役所に務めた時にご主人と知り合い31才で職場結婚。嫁ぎ先が海苔とお茶の専門店だった。市役所勤めのご主人に代わってお店を手伝いながら36才で社会保険労務士の資格を取得。そして40才の時、岡村海苔店の社長を引き継いだ。商売をたたむのはいつでもできるから、とりあえず継ごう、そんな気持ちだった。ちょうどその頃、三島商工会議所から三島NEOプロジェクトを紹介され、ビジネスプロデューサーの望月聖司と知り合った。海苔は美容と健康にいい。おいしく食べるだけじゃなく、新しい可能性を見つけたい。海苔に限らず新しいこと、おもしろいことをやりたい、そんな気持ちで参加。39才の時、海苔を食べて3カ月で9kgのダイエットに成功し、エステサロンの全国大会で優勝した実力の持ち主。これを活かし、望月の提案で「オカクミ式ツヤツヤ・のりのり・ダイエット」や新しい海苔商品開発に取り組んだ。とにかく好奇心旺盛で人が好き、楽しいことが好き。海苔以外の会社を立ち上げ、人と関わり、楽しくウキウキしながら地域に貢献したい。それにはCHALIFEビジネスがぴったりだと今は考えている。美や健康にも役立ち、その人ならではのオリジナルブレンドで優雅なひとときを過ごす緑茶。三島は伝統の文化と新しい文化が融合した水の美しい街。ここで、ちゃらいふ緑茶という新しい文化を広めていきたい。

 

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推進協議会会員
望月美佐
静岡県焼津市市出身
○蓬来荘 4代目女将 ○i&farm 代表 ○日本酒学講師・酒匠・日本酒唎酒師SSI認定

プロフィール▽

 
家業は1950年創業の温泉旅館・食事処「蓬来荘」。祖父が焼津市で初めて掘り当てた温泉で、塩分を含んだ良質な源泉掛け流しが自慢。一人娘だったため将来は家業を継ぐべく東京の大学で経営学を学び、卒業後、焼津市へUターン。そんな女将修行に励んでいた矢先に起きた3.11東日本大震災。海に近い焼津市ということで、春休みで満室だった旅館の予約が全部キャンセルに。東北から遠く離れているのにこんなことが起きるんだと唖然とし、真剣に将来を考えた。東日本と同じことが焼津で起きたら?40km先には浜岡原発もある。魚の街焼津がダメになったらどうなるんだろう?旅館業1本だと商売が立ち行かなくなるかもしれない…。そして旅館以外の温泉活用方法を模索。塩害に遭った畑で、塩水を撒いて高糖度トマトを育てたという記事を目にし、これだ!と思った。しかし、農業はまったくの未経験。「素人が作った野菜なんて」と絶対に言われる。最初から、成分や特徴などの裏付けデータが取れる所と一緒にやらなければと考え、産業連携相談会で静岡大学の糠谷教授(現在は名誉教授)を紹介してもらった。糠谷教授は養液栽培の第一人者。相談したところ、温泉水でトマトを育てるのは可能だが、与えるタイミングや量などが難しいので試作してデータを取ろうということになりプロジェクトがスタート。実験を繰り返した結果、高糖度で旨味の強いトマトができることが分かった。しかし、実際に農業を始めるとなると問題が山積み。農地とハウス、そして設備を整えるための資金が必要。それには農業研修を受け、新規就農者の認定を得なければいけない。旅館の仕事や静大での研修と兼任しながら、通常は1年の研修で済むところを2年かけた。ところが今度は、なかなか認定が降りない。同時に藤枝市内でハウス探しを進めたが、素人に貸してくれるところがない。すべて「前例がない」の壁が立ちふさがる。ある機関に農地探しを相談した時には、「自分で探すんだよ」と怒鳴られたこともあった。途方にくれて藤枝市や藤枝商工会議所などさまざまな所へ相談し、「なぜ、やる気のある人間の意欲を削ぐようなことをするんだ!」という味方を得てやっと認定がもらえた。農地も、蓬来荘から約5km離れた藤枝市内に1500平方メートル弱を借りることができた。ハウスの補修や設備にかかる費用は約2,000万円。使える補助金がなく、クラウド・ファンディングで募集もしたが希望額まで届かない。覚悟を決め、「自分でやりたいことだから」と家業の蓬来荘と切り離し、「i&farm」という個人事業主となって融資を受け、2017年3月からトマト栽培をスタート。構想から6年が経っていた。ブランド名は「温泉美人トマト」。塩分を含んだ温泉水で育てるためミネラルが豊富で、女性に食べてほしい、体の中からキレイにしたいという想いを込めた。1年経たずに初年度収穫目標の9tを超えた。今後は、ICTを活用するなど生産量をもっと上げる工夫をし、加工品にも着手したい。さらに、マニュアルを作り、農業初心者でもできるトマト栽培のノウハウを教えるビジネスに広げたい。また、蓬来荘の温泉は動物医療分野に効果があることが分かり、現在、特許申請中で、こちらの事業も進めたいとやりたいことが満載だ。もともと、目的のひとつに地元の雇用を促進したいという思いがあった。普通の農業は季節雇用だが、温泉美人トマト栽培は成長の違う苗を時間差で育てることで途切らせずに出荷できるため、通年雇用が可能。3年以内に法人化、5年以内に指導ビジネスへの展開を目指して邁進している。