考え方のちょっとしたヒント集,望月聖司
15.出発(たびだち)

 いよいよ息子が東京に出発する、という時の話です。
 下宿先は渋谷区の初台駅から歩いて10分くらいのところです。浪人が決まってどの予備校にするか、どこに住むのかなど、あわただしく時間が過ぎていきました。ほんの短い時間だったのに、すごく長い時間に感じてしまいました。
 昔と違って、浪人というのもそんなに暗いイメージではなくなってきているのでしょうか。本人がいたって明るいのです。暗くなられるよりは良いのでしょうが、もうちょっと真剣な態度でいてほしい、などと親のエゴが出てしまいます。まぁ、表面には出さずに本人としては気持ちを引き締めているのかもしれませんが。
 どうせなら、ばんばん世間に出て行って、精神的に強い人間になってほしい。何でも自分で解決できるようになってほしい、などと思っていても、いざ東京で一人暮らしが始まるかと思うと、急に心配になってきます。「ちゃんとご飯は食べるんだろうか」とか「隣人はいい人たちだろうか」とか「学校で良い友だちができればいいが」とか「病気はしないだろうか」などなど。考えても仕方がないことばかりが浮かんできます。しかし自分が大学に行った時は、親の心配とは裏腹に、解き放たれたハトのようにとても自由を感じていました。きっと息子もそんなもんだろうと思います。
 どうも子供の出発は、親の子離れへの出発でもあるようです。

■信じる心を持つことのススメ
 親が心配ばかりしていても仕方がありません。きっと不幸なできごとなんて起きないだろうと祈るだけです。そしてもし、不幸なできごとが起きたとしても、きっと立ち向かっていってくれるだろう。悲しいことが起きてもそれは試練と思ってくれるだろうと、子供を信じるしかないのです。その信じる心が、信頼関係をまた一段と強くしてくれます


16.マイナスニュース

 ニュースを見ていて、いつも疑問に思います。
 なぜ交通事故のニュースを流すのでしょうか。なぜ窃盗のニュースを流すのでしょうか。教訓、見せしめのために報道しているのでしょうか?よくわかりません。
 以前にインターネット販売でトラブルが起きているというニュースが流れました。ただ、そういう事件が増えている、という情報が流れただけです。だから何なのかが全然わかりません。それだけでは、とても悪質な犯罪があちこちで起きているようにも受け取られます。インターネットなんか…と言っているようにも聞こえてしまいます。あるインターネットで商品を販売している人が言っていました。「商品を発送しても、送金されない時もある。でも店で万引きされるよりも、はるかに損害は少ない」と。
 今の報道は哲学が足りない、知恵が足りない、プラス発想が足りないように見えます。できごとを解釈する能力や勇気に欠ける人たちが、ただ起きた現象の、それもゲスっぽいところだけを報道しているように映ってしまうのです。露出度が高いだけにやっかいです。
 暇にかまけてそんな情報だけを自分に取り入れて「情報通だ」なんて最もらしいことを言っている輩が増えていることの方が、もしかしたら地球温暖化や生活習慣病の増加よりも、よほど問題かもしれません。

■プラスニュースを見つけるススメ

 毎日いろんなショッキングなニュースがばんばん流れているため麻痺してしまい、それを当たり前のように聞き流したりおもしろがってはいませんか。浅い判断でかってなイメージを創り出し、さも実話のように妄言を言いふらすことをしていませんか。マイナスニュースに触れる時は、それにやられない心構えが必要です。できるだけ、生活の中でプラスニュースを見つけられるようになりたいものです。


17.気がついたことから、こつこつと

 一日一善。
 ある時、小さなことからでも自分でできることを、と思い立ちました。
そして、会社まで徒歩通勤する途中に落ちているゴミを拾って歩くことにしました。
 いざ始めてみると、ゴミの多さにびっくり。街中がゴミだらけ、ということではありません。今まで気がつかなかっただけで、よく見てみると次から次へと点々とゴミがあるのです。あっ、あそこにゴミが…、そこへ行くとまた、あっ、こっちにもゴミが…。気がつけば気がつくほど、通勤圏から外れていってしまいます。だから会社に向かうためには、あそこに落ちているゴミに気がついても「ごめんね」と通り過ごさなくてはなりません。
 なんか自分の無力感を感じてしまいました。
 仕事の場合に置き換えたらどうでしょう。何も気がつかないで、ただ決まったことだけを毎日繰り返しているだけの人より、何かに気づいて「今回はこの課題に取り組むけれど、次回はできなかったあれに取り組もう…」と考える人の方が成長の度合いが数段大きいと思います。
 気がつけるかどうか、どう実行していけるか。その繰り返しが向上心なのかもしれません。今日拾えなかったゴミは、明日拾っても良いのです。

■まず始めることのススメ
 私たちは何かに取り組もうとする時「できる」「できない」という極端な判断をしてしまいがちです。しかし答えは0か100かではありません。その間に無限の段階があります。できることから始めて、10でも20でも進歩すればいいのです。大切なのは、まず始めることです。


18.花粉症が投げかける選択

 春は花粉症の季節、3つの選択を迫られます。鼻炎スプレーを使うか、病院へ行って花粉症用の注射をしてもらうか、そのままガマンして季節が通りすぎるのを待つか。
 こう考えています。「注射は体に良くないから、やめた方がいい」という人もいますが、鼻炎スプレーだって結局はノドから体に入ってしまう。それに目薬や鼻炎スプレーはめんどうだし、結局クセになって多量に使ってしまう場合があります。
 だからといって注射も薬も使わないのは、自分にとってものすごくストレスだし、夜も眠れません。その疲労度を考えると、薬以上の負担が体にかかるのではないかと思ってしまいます。それに、いつも苦しそうな顔をして人に心配をかけさせたり、くしゃみばかりして周りに迷惑をかけてしまうのもいただけません。
 だから、周りの人と自分のことを考えて注射を選んでいます。
 確かに注射は、成分が体に悪いというようなこともあるでしょう。でも、おかげでさわやかな春を迎えさせてもらえるのです。薬の悪いところは自分の体で自然消滅できるくらいにがんばりたい。だいたい、アレルギーというのは何かに対する拒否反応なのですから、まだまだ自分に受け入れの気持ちができていない甘さがあるんだな、と見返ることも大切だと思っています。
 何にでも感謝感謝と思い、いつも受け入れの気持ちで春を迎えているつもりなのですが、花粉症はこの15年間未だに治りません。春は自分の未熟さを1つ教えてくれる季節です。

■病気を通して成長することのススメ
 病気やケガをしたことで健康のありがたさを実感した、という方も多いのではないでしょうか。病気は、体の中のゆがみを知らせてくれるメッセージでもあります。どこか自分に無理があったのではないか、自分の病気のことばかりで周りへの配慮は忘れていないか、治りが遅いのはなぜかなど、さまざまな投げかけをしてくれます。つらい病気の時こそ、乗り越えるべき試練だと思い、自分を成長させていきたいものです。


19.買春

 近頃やっと売春も悪いが、買春、買う方にももっと厳しく、という風潮になってきました。とても良いことだと思います。
 以前、ワシントン条約で売買を禁止されている動物が、日本にばんばん密輸されているという報道がされていました。
 売り手の方はとても貧しい国が多く、事情を感じざるを得ないところもありますが、買う側の日本はどうでしょう。ただの趣味とか、人とちがったものがほしいという虚栄心ではないのでしょうか。オランウータンなどは子猿しか売れないために、捕獲する時に母親を殺してしまうのだそうです。買う人さえいなければと、怒りと悲しみをおぼえてしまいます。
 ハンバーガーが半額!ビール一杯100円!とにかく安い、何でも激安!…それを革命だ、すごいなどと言っている人たちがいるようですが、そこまで安くしなければ生活できないほど、日本は貧しいのでしょうか。毎日、何億食と出るハンバーガーのために、大量の牛の犠牲と牧草地の破壊が続いています。なのに、安いからと気軽に食べ残して捨ててしまうことも、自然と増えているのではないでしょうか。
 何でも値切り、安くする現状が、その仕事に関わる労働者への負担、粗悪品の製造、環境破壊といった事態をひき起こしたり、世の中を安物ばかりにしてしまい、結局は消費者自身に弊害となって降りかかってきてしまう。買う方の責任を、もう一度問い直してみたいと思います。

■消費する責任を持つことのススメ

 超値くずれ、景気低迷、環境破壊。それはみんな、私たち自身がひき起こしていることです。自分が買うことによってどんな企業が儲かり、どんな事業が発展していくのか、そのことによってどんな結果が起きるのか、消費者はその責任を担う意識を忘れてはいけないと思います。


20.お金のない社会

 お金のない社会になっても、きっと働く人と遊ぶ人がいると思います。「え~っ、みんな遊ぶに決まってるんじゃないの」などと言うのは、働くことの本当のやりがいやおもしろさをまだ体験したことがない人だと思ってしまいます。
 文化祭なんて面倒くさいから企画や準備には参加しない、と言う人は、参加した人がどんなに大変な思いをしたか、それを乗り越えて成功させ、どんなに最高の感激を体験したかを知らないのと一緒です。
 私は「働く人」です。遊ぶのはすぐに飽きてしまいます。
 しかし現実は、お金のために働いている人が多いようです。なにか悲しいものがあります。遊ぶ時も、お金を気にしながら遊んでいます。ちょっと寂しいものがあります。
 お金のない世界になったら、働きたい人はやりたいだけ仕事をすればいい。遊びたい人は思う存分遊べばいい。「いらっしゃいませ」とにこにこいっている私に「ご苦労さん」とにこにこしてくれるお客さんがいます。両方とも損得抜きに楽しんでいます。遊んでいる人もありがたい、働いている人もありがたい、そんな世界です。
 「儲かる仕事や儲からない仕事」などという差別のない、「お金をもらえないんだったら遊んでいた方が得」なんて考えのない世界にはできないものでしょうか。できる、できないはともかくとして、こんな考え方があってもいいのではないかと思います。

■働くのは損、というココロを捨てることのススメ
 こんなことを言うと「お金のある社会は大切だ。それが励みになるからだ」などと言う人も出てきますが、本来は、お金をもらうことが目的ではないはずです。心豊かな生活を送りたい、みんなに喜んでもらえる仕事がしたい、必要とされる自分になりたい。それが本当の幸せであり、社会を営む目的なのではないかと思うのですが、いかがでしょうか


21.リ・サイクルの視点

 「牛乳パックは上質のパルプからできているから、再生にむいています。みんな、エコロジーのために牛乳パックは捨てずにリサイクルに出しましょう」。そんなことが叫ばれました。捨てないことで社会の役に立つのなら、こんなにいいことはありません。「私はいいことをしている」的感覚で、どんどん牛乳パックが集められました。
 しかしその牛乳パックは、製紙会社の倉庫に山積みに放置されてしまいました。なぜでしょう。
 牛乳パックから再生紙を作るには、手間がかかりお金がかかってしまいます。当然、できたトイレットペーパーは、バージンパルプから作ったものより割高になります。それが売れないのです。何円か高くなってしまったものは売れない。しかしそれでは製紙会社はやっていけません。バッサバッサと切り倒した木を外国から輸入して作った方が原価がかからず、安く市場に提供できます。また、同じ再生紙でも、新聞紙からのリサイクルの方が安くできます。こうして結局、集められた牛乳パックは放置されてしまったのです。
 多少高価でも、リサイクル品を買うところまでいってはじめて、真のリサイクルが成り立つのではないでしょうか。自分にとって何もリスクのないことだけをしていたのでは、きっと世の中は変わりません。

■意識を高めることで気づくことのススメ
 自分の家の冷蔵庫に入っている牛乳は日付けの古いものから飲むのに、スーパーで牛乳を買う時はできるだけ日付けの新しいものを買う。もうそんな、自分中心の生活から少しずつ離れていきたいと思います。ホントのエコロジーって、目立たないところにいっぱいあるはずです。


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