考え方のちょっとしたヒント集,望月聖司
36.支度という礼儀

 よく、いろいろな人の集まりに出る機会があります。いつも思うのは、参加する方たちの中で、人に会うための支度や心構えをして来る人が少ないのではないかということです。
 自分の商売のカモを探しに来ているだけのような人もいます。何かおいしい話がないかとか、ただただ良い話を聞きたくてとか、与えられることだけを期待して、お客さんのような気分でやって来る人が多いように感じるのです。
 このように受け身だけの人もどうかと思いますが、むやみやたらと主張する人、人の意見を批判する人、人の意見を聞くにしても、おもしろおかしい部分だけを聞いてうわさ話する人も多いようです。そこには、新しい情報を教えてもらい学ぼうなどという態度が感じられません。せっかくたくさんの人と出会い、新しい世界が開けるチャンスなのに、もったいないことだと思ってしまいます。
 集まりの席では、自分が何者なのかをスピーディに説明できたり、相手の自己紹介をしっかり聞いたり、その場を楽しく盛り上げる工夫をしたり、自分から、参加している人に何か情報を提供するなど、そんなことがしっかりできる自分になりたいと思っています。あいさつのような一般的な礼儀はもちろんのこと、参加するからには、その場にいる人に少しでも有意義な時間を過ごしてもらうための支度をしていくのも、人に会う礼儀なのではないでしょうか。

■参加意識を持って人と会うことのススメ
 これから自分は何をしに誰と会うのか、自分にはどんな役割があるのかを考えるのは、普段の生活の中でも大切なことだと思います。飲み会なども、ただ楽しむために行くだけでなく、どれだけ自分が人を楽しませられるかという意識を持って参加することが大切なのではないでしょうか。同じ時間を過ごすのでも、きっと充実感が大きく広がってきます。


37.オゾン層のような人になりたい

 太陽の光は最高の恵みなのですが、そのまま浴びてしまうと紫外線などの関係から、実は人間には大変な害があるそうです。
 ではなぜ、私たちは太陽の光を浴びても平気でいられるのでしょう。それは、地球の上空にあるオゾン層が、太陽の光を人間にとって有益な光になるように変換をして地上に送り込んでくれるフィルターの役割をしてくれているからです。
 たとえば、こんな話を聞いたことはありませんか。あるところにどうしようもない不良少年がいたが、ある積極的な教育者と出会い触れ合ったことで改心し、不良をやめ、善の人間に変わることができた、というような話です。これは、不良少年の持っていた間違った心を、良い方向に導いて転換する能力があるということができます。
 不良は学校から退学。能力のない人はリストラ。そんなことをしても、広い目で見た時には根本解決にはなっていません。やめさせられた人たちがそれで生まれ変わるわけではないし、やめさせた学校や会社も、また同じような人が現れた場合は同じことを繰り返すしかないからです。求める方針に合わないからと何でも排除してしまうのではなく、自分と接することで、どんな人も社会に貢献できる人になってもらえる、そんなオゾン層のような人間をみんなが目指したならば、世の中がもっと良くなってくるのではないでしょうか。

■方向転換力を持つことのススメ
 一見、よくないもの、必要ないものと思われるものでも、方向転換することで役に立つことがいっぱいあります。特に人間の才能は図り知れません。今いるところに合わないだけで、別のところでは思わぬ実力を発揮するかもしれないのです。その人や物を使いきれないのは、受け入れる側の度量に問題がある場合もあります。どんなものも活かす、適材適所に配置するなど、方向転換の技を身につけたいものです。


38.悩むということ

 悩むということは、つらいことだしマイナス的なことだと思われています。そして、カッコ悪いとかレベルが低いというような見られ方もされているようです。しかし悩むということは、答えを出そうとした時に生じるもの。悩めるということは考えることができるということで、つまり、問題意識が高いとも言えると思うのです。
 ところが世の中、意外と悩んでいる人が少ないのに驚かされます。デザイナーとして仕事を始めた頃は、「どうして思うような形ができないんだろう」「このデザインでいいのだろうか」「自分はこのままデザイナーを続けていいのだろうか」とずっと悩み続けてきました。周りの人間たちも「悩んでるよ」と口では言いますが、不安や心配を悩んでいると勘違いしているように見えました。
 悩むのにはパワーがいるから大変です。
 悩むことで、気づく力や考える力がつき、ものごとをいろいろな角度から捉えられるようになります。しかし、そうすることで逆に迷ってしまう場合もあります。「迷う」というのは、問題を解決する方法が見えているのに、それをやりたくない、もしくは気持ちがおさまらなくて、堂々めぐりをしながらうろうろしているような意志の弱さを表しています。
 人間は段階的に成長しています。
 まず悩む、そして迷わない。もしも今、何かに悩んでいたとしたら、それは成長している途中。楽しく悩めるようになれば、人生がもっとイキイキしてくるはずです。

■自分よりもちょっとだけ大きい悩みを持つことのススメ
 世の中は、そんなに簡単に結論を出せるようなことばかりではありません。なかなか答えを出せないが、絶対に答えが出ると信じられること、それくらいのレベルの問題に取り組むのはすばらしいことだし、それくらいの問題にチャレンジするのでなければ、進歩もないと思います。


39.だめな自分

 20代の頃は、未来と自分の周りにあるものだけを見て生きていました。生活に余裕がなくて生きていくのに必死でした。未来を見れば不安ばかり、周りを見れば不満ばかり言っていました。自分の考えに合わない意見やキライな人を否定していました。
 そのくせ根拠もなく自分は正しいと思い込み、何でもできる人間、何でもわかっている人間と錯覚していたのです。
 そんなことを繰り返していて、どうも自分には社会に通用しないことがたくさんあると気づきはじめ、本格的にいろいろなことを勉強しだした時、ふと、これまで自分はどんな人生を歩んできたのか、過去を振り返ってみたのです。
 どれだけ自分がまともに育つ環境があったのだろうか?
 初めて自分をしっかり見つめた体験でした。そしてあまりにダメな自分に気づいてしまったのです。「今まで何をしてきたんだろう、偉くなろうなんて思う前に、まともな人間になることが先決じゃないか」と思ったら、自分の程度、そしてスタート地点が見えたのです。このように十数年前から、自分の人生における第2のスタートが始まっています。「だめな自分」が謙虚な心を育ててくれました。そして「だめな自分」が、将来への目標を見せてくれました。

■2つの等身大を知ることのススメ
 人は2つの等身大の自分を見ることが大切だと思います。現時点での等身大の自分と、生まれ持っての等身大の自分です。自分は何者なのか、自分から見た自分はどんな程度の人間なのか。これを知るのが怖くてさまよっている、あるいは知ろうともしない人が多いのではないでしょうか。常にこの2つを自分に問いかけながら、本当の自分の成長を目指してはいかがですか。


40.まず、何から直すか

 子供を見れば親がわかる、政治家を見れば国民がわかる、と言います。すべてのモノが鏡となって自分の姿を映し出していると考えれば、何かを非難してばかりいるのは、天にツバしているようなものです。
 青少年犯罪の多発で「最近の17歳は!」などと言っていますが、17歳の人たちがおかしいのではなく、社会がおかしいからだと考えるべきです。「教育が間違っていたから変えよう」などと言っても、それを変える人たちがおかしければ話になりません。
 マスコミはマイナス的な情報を流して不安をあおるようなことばかりしているし、テレビは相変わらずくだらない番組を多く流しています。
 学校の先生がどれだけ理想を語っても、しょせんはお客さんになってしまっている父兄や生徒には逆らえない状況です。いじめについてのテレビ番組をやっていましたが「いじめを解決できないのは先生が悪い」と先生に対するいじめの番組になっていました。
 自分が正論を語るほどに、実際に正しい生き方をしている人がどれほどいるのでしょうか。結局は世の中の人、みんなが少しずつ狂っているのではないかと思ってしまいます。
 間違いがあるなら、周りの人に向けるのではなく、まず自分に向けるべきではないでしょうか。人をどうにか変えてやろうなどと思う前に、自らの生き方を見直し、できる部分から直していくべきだと思います。

■努力は当たり前だと思うことのススメ
 たとえば部屋をキレイにしておこうと思ったら、努力しなければキレイにはなりません。汚くしようと思ったら、ほっておくだけでどんどん汚くなっていきます。不思議ですが、世の中はそういう仕組みになっているようです。世の中に良くなってほしいと願うのなら、まず自分から良くなっていく努力が必要ではないのでしょうか。


41.何に生まれたのではなく…

 どんな星の下で何に生まれたのかが問題なのではなく、生まれてからどんな生き方をするかだと思います。それは人間にも物にもいえることです。
 たとえば便器に生まれたとします。同じように作られた便器でも、きれいにきれいに磨かれてていねいに扱われる便器と、ホントに汚く扱われる便器があります。どんなに高価な花瓶でも、粗末に扱われて長く使ってもらう前に壊されてしまうこともあります。そう考えると、命のない物にも人生のようなモノがあるのだといえます。
 はたして、その人生の善し悪しはどこで決まるのでしょう。やっぱり人間は、生き方だと思います。どんなにお金持ちに生まれても、良い家柄と呼ばれる家に生まれても、幸せだと思えない人がいます。逆に貧しく生まれても、何かハンデを背負っていても、幸せに暮らしている人もたくさんいます。どんな風に生まれてきたか…ではなくて、どんな人生を歩むかが重要なのです。
 もって生まれたモノは親が与えてくれたモノ。しかし、人生は自分が築いていくモノです。顔だって、20歳を過ぎてからは、親がくれたパーツの善し悪しを問うのではなく、自分の責任を顔で持たなければいけないのです。どう生きていくかにこだわった方が、より有意義な人生を送れるのだと思います。

■人生哲学を作ってみることのススメ
 人生哲学を作るのに、こんな基準を持ってみてはどうでしょう。
●人を感動させられるようなものにしよう●想いだけではなく、説得力のあるひとつの理論にしよう●自分の経験から生み出そう●間違っていると思ったところはすぐに正そう●なるべく人に聞いてもらおう●誰にでもわかりやすいようにしよう●人の人生観も受け入れよう●その哲学通りに生きてみよう。


42.人生の得意技

 人間、生きていくために仕事上では当然のこと、生活の中でも何か得意技を持っていたいものです。21歳になる大学生の娘は、めちゃくちゃ明るい。どんな集まりがあっても冗談を言って自分でうけて、キャッキャッとその場を和ませてしまいます。これはきっと、娘の得意技だと思います。
 さて、自分の得意技は何なのか?どうもピンときません。仕事での得意技は何でしょう?「あなたの得意技は何ですか?」と聞かれても、なかなか答えるのが難しいものです。しかし、人生を有意義に過ごすには、何らかの技を持っていた方が生きやすいだろうし、人のためにもなりやすいかもしれません。
 そういえば私の場合は、いろいろな人の話を聞かせてもらって、質問したり一緒に考え、話をしているうちに相手の考えがまとまってくるようです。それが自分の得意技になってきたような気もします。
 相談に来る人というのは、いろいろ考えているだけに頭の中がごちゃごちゃしているものです。その話を聞いて整理整頓をしてあげると、気持ちはおさまらないにしても、解決の糸口は見えてくるようです。そんなことでも必要としてくれる人がいると、「いたずらに歳をとってきたわけではないんだなぁ」とうれしくなります。
 若さを売りにした娘の得意技も、歳をとるごとに良い方向へと磨きをかけていってほしいものです。自分ももう少し、人生の得意技を見つめなおしてみようと思います。

■年齢に見合った得意技を持つことのススメ
 得意技とは、何も特別なことではありません。若い人なら若い人なりの技があります。いつも元気にはつらつとしているとか、素直に学ぶということも、立派な得意技です。しかし、歳をとっても若い人とまったく同じというわけにはいきません。年齢を積み重ねたなりの技を持つことで、いつまでも必要とされる人間になれるのだと思います。


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